幻から幻へ

地獄のゴールデンウィークが終わり、普通の日々が戻ってきた。普通の日々というか、人々が普通のテンションに戻る日々か。

 

ゴールデンウィーク10日もいらない!きつかった。友人からの頼まれごとがあったからやり過ごせたけど、予定が何もなかったら本当に毎日退屈で最悪だっただろうな。

 

ゴールデンウィークは、

・私が人を集めた飲み会をした。思っていたより人がきて嬉しかった。後輩が私に誕生日祝いみたいな色紙をくれた。思っていることは書いたり言わなきゃだめだなって思った。

・バイト先の好きな人たちが、アポなしで私がバイト上がる時間に迎えにきてくれて、ご飯を食べて散歩して帰った。渋谷川での思い出がまた増えた。アポ無しの遊び大好き。

・自由が丘でやるblock partyに田我流が出るというので行ってみた。最高だったのでワンマンへの気持ちがより高まった。

 

多分これくらいでしょうか。

 

最近はバイトばかりの日々で、たまに人とあったりしてるけど基本的にはバイト先の人と親としか会っていない。

やっと来月から正社員として働くことができることが決まって嬉しいんだけど、バイト先の人好きだし、バイトって責任とることとかないし、なんか楽でいいなとかたまに思ってしまう。自分の性格的に絶対フリーター続けたらダメなのはわかってるんだけどたまに思っちゃうよね〜。

 

そしてゴールデンウィーク終わって昨日の話。

久しぶりに高校の友達と飲んだけど、大人になっててびっくりしちゃった。スーツ着てたし。会社で会社員として働いてるんだもんな〜。

そんなことを思いつつ近況報告をしあったり、高校時代の友達の話をしていたなかで、「そういえばA(当時かなり仲良かった女)にもう3年くらい会ってないよね、ラインのアイコンの感じもうアカウント使ってなさそうだし、インスタもツイッターも動いてないし・・・元気なのかな・・・」ってなって、怖くなってすぐラインしちゃった。

 

返事きたけど、まだ1往復しかやりとりできてない。忙しいのかな。

ラインの返事がこなくてそわそわすることはたまにあるけど、今回のはちょっと違うんだよな。心配なんだよ君のことが。なのにふと思い出したから連絡したりしてごめん、忘れたわけではもちろんない。

 

あと、高校時代が幻のようっていう話をした。

自分が高校生だったことが本当に嘘のよう、嘘っていうか感覚がない。

教室でみんな同じ方向を向き授業を受けていたこと、10分休みの時間にトイレの鏡の前でヘアオイルを塗ったこと、友達に背中を向けながら体操着に着替えていたこと、嘘ついて水泳の授業を全サボりしたこと、好きな男に髪の毛を触られて死ぬほどドキドキしたこと、全部幻のよう。

あの頃の私はアリミノの香りを漂わせながら、ジルスチュアートの指で塗るリップをぬっていたね。

 

制服だってまだ捨ててないけど、着てたような気がしない。

顔面が超好みだった先輩からもらったネクタイもまだ捨ててないけど、それももらった気がしない。その先輩のものじゃないような気さえする。

 

私たちは思い出を残すために写真をとったりするけれど、そうすれば一生頭の中に実感として残るわけじゃないんだと思った。

高校時代の写真を見たって、嘘のような気がするのに変わりはない。

あなたと自撮りしたことも、あなたと写真を撮ったことも、本当にあった出来事なのに、そうじゃない気がしてしまう。

 

けど地元の友達との写真は見返すとそこそこその頃のことを思い出せる。単に私、高校時代に思入れがないのかな。高校生活嫌いじゃなかったし楽しんでたけど、それなりでしかなかったのかな。

 

話戻ってしまうけど、そのAとかさ、私が死んでも知らせる手段ないんだと思うと怖いよね。逆にAが死んでても私はそれをどうやって知るんだろう。高校時代本当に仲良かったけど、今では死んだかどうか分からないくらい離れたところにいるんだもんな。

 

あーちょっとうまく整理できなくなってきたのでまたつづき今度書くね。

 

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0520追記

 

焦って連絡をとってしまったAは、高校の時から就きたいといっていた職に就いていた。すごく会いたい。ラインの返事超遅いからまだあれから1往復しかしてないけど、飲みに誘おう。

 

で、私たちが思い出を残すという行為そのものについて考えてみたんだけど、私はなんでこんなにも記録することを結構しているのに過去が幻のようにしか思えないのか、やっぱりよく分からなかった。

いいことも悪いことも、全部嘘みたい。でもその嘘のような日々が積み重なって、それをもって私は生きているわけで・・・多分。

10年前の自分が今の自分に直結しているかと問われるとそれはそうでもない気がするんだけど、昨日とか一昨日の私は明らかに今日の私に直結している。ていうかここ2、3年くらいの出来事は私に直結している。

 

私は常に直近2、3年分の思い出しか取り込めないのだろうか。

もう日記をつけ始めて5年も経つのに。高校生の頃からいわゆるライフログが趣味だったのに。

本能的に忘れないために、私は人よりこまめに色々なものを記録しているのかもね。

 

と考えると納得できたのでとりあえずオッケーです。

今日の私も、3年後には幻になっているんだろうか。儚ねぇ〜。

 

ちなみに

タイトルの「幻から幻へ」というのは、青鞜に載っている吉屋信子の「小さき者」の最後の一節です。